日本の里やさと(八郷)・石岡市

日本の里100選に選ばれた八郷(やさと)

こんにちは mizukusa kasumigaura です。
やさとの里山、自然、歴史はすばらしいものが多くあります。生活の近代化に慣れた私達には、心になにか物足りなさを感じませんか。むかしからのふるさとの自然を筑波山や加波山の周辺のなかで、心に沁みる多くを感じることができました。山と源流とさとのある風景。最近の写真と以前の写真とを公開します。by mizukusa kasumigaura
Yasato was selected as one of Japan's best 100 villages.

  

2011年1月15日土曜日

北向観音堂 石岡市小野越

 北向観音堂 石岡市小野越 

小町の里 観音堂と小野の小町伝説の地を訪ねて


むかし、聖武天皇の御代、常陸国分寺建立のため行基菩薩が奈良から連れてきた仏師の稽文會主勲とともに、筑波山の峰伝いで巌に包まれたこの霊地を発見、観音を祀る堂宇を建立したと伝わる。
当時の観音像は残ってはいないが現在江戸時代の観音像が祀られている。2007年その仏像は桜川市の仏師によって修復された。小野越、仏生寺、中山、菖蒲沢付近は筑波山の麓で、不動峠を通じて筑波山方面や平沢官衙、つくば市、土浦市方面へ行き来する大昔からの旧道であった。観音像の修復完了のとき、観音堂にまつわる古文書と古地図が公開された。
以下はその大略です。
常陸国北向観世音縁起大略
常陸国分寺建立のため行基菩薩が奈良から連れてきた仏師の稽文會主勲とともに常陸国府の地に来た時、東南方面に瑞光を放つ場所があったので行基が急きょ訪れてみると、筑波山の峰続きのこの山に珍しい木々や、そびえ立つ巌とともに周りには澄んだ水が潤っていた。
行基は感心してこれこそ天然の聖地なりと云った。不思議な光こそ神聖なる神竜の潜む兆しの地と云い、巌をよじ登ってみると一人の白髪の老翁が巌の上に座って行基を迎えた。行基は深く頭を下げ教えを請うた。老翁は行基に伝えた。「この山に霊木あり、この木を使い仏を彫るがよかろう。ご利益が多大であろう、そしてここに留まり霊験を見届けるがよかろう」と行基に伝えると、俄かにあたり一面が暗くなって、風雨とともに雷が鳴り、山河は揺れ動き山林は火事になり多くの木を焼いた。
この中に一本の白檀の木があり、小枝は焼け損じたが幹は無事であった。里人は皆驚き行基に祈り、祀るよう願った。
白檀の木で早速行基と仏師稽主勲が協力して観音像を彫った。
里のひとはおおいに喜び、堂宇を建立し、仏像を安置して深く祈り祀った。
里人は仏の生まれるによって寺を仏生寺と名付け、竜光の瑞あるを以て、竜光院と名付けた。
 それから世紀ほどの月日が過ぎたある日、ひとりの貴婦人が婦人病を患い、草深い峠を越えてこの観音堂を訪れ、祈ると病は治り、婦人はとても喜んだ。そして、和歌一首を残し此の地を去った。
後の日、和歌を識者が見たところ小野の小町の和歌であった。そして、小野の小町が峠を越して来たる所の故に小野越村と名付けられた。観音堂はご利益と霊験あらたかが伝わって多くの人々が訪れた。


八郷、小野越付近(石岡市)13/Jan./2011 
空気がよい小野越の空と山   13/Jan./2011 
北向観音堂 石岡市小野越 27/June/2006 
向観音堂 石岡市小野越 27/June/2006 
修復公開日の観世音菩薩像 30/Jun.2007
修復公開日の観世音菩薩像 30/Jun.2007
公開された古文書 30/Jun.2007
小町の里いぼ神   30/Jun.2007   
小町姿見の池  30/Jun.2007
石の像  30/Jun.2007
観音堂境内  30/Jun.2007
観音堂境内  30/Jun.2007


小町せせらぎの家の看板のある家  30/Jun.2007
付近の泉  30/Jun.2007 
雪の小野越 北向き観音堂入口   30/Jun.2007 
雪の小野越付近 石岡市 17/Jan./2008
 北向観音堂付近 石岡市小野越 17/Jan./2008
雪の日の北向観音堂付近 石岡市小野越 17/Jan./2008
北向観音堂入口 石岡市小野越 17/Jan./2008
観音堂の寒椿 17/Jan./2008
雪の日の観音堂  17/Jan./2008
前を流れるせせらぎ  17/Jan./2008
雪の日の観音堂 17/Jan./2008
雪の日の観音堂 2k 17/Jan./2008
雪の日の観音堂 3 17/Jan./2008
観音堂入口  17/Jan./2008

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2011年1月11日火曜日

吉生付近の景観と里からの西光院

吉生付近の景観と里からの西光院


 峰寺山西光院は石岡市吉生の峰寺山にあります。
この里からの景色もとても良いです。ハングライダーの多い季節は空もにぎやかです。また、山桜や新緑の時期、この里から眺める風景は格別です。

 吉生の里から峰寺山  17/Jan./2008
  吉生の里から峰寺山西光院  17/Jan./2008
 吉生の里付近   17/Jan./2008
吉生付近から筑波山   17/Jan./2008 
 吉生の里から西光院 17/Jan./2008  
 馬頭尊 吉生 17/Jan./2008 
吉生の里から西光院 1     17/Jan./2008 
 吉生の里から西光院 2     17/Jan./2008
吉生の里から西光院 3        17/Jan./2008
吉生の里からみた山桜 11/Apr.2008
西光院の舞台


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2011年1月5日水曜日

上曽付近の自然と馬頭尊ほか

上曽付近の自然、霞ヶ浦源流、石碑ほか
 上曽付近では霞ヶ浦の源流を多く見かける。源流が集まって小川という川になり、下流柿岡、高友付近で恋瀬川に入る。馬止があったとされる付近にはやや大きな馬頭尊が並んでいる。山は上曽峠の左側が峰寺山、右側がきのこ山、足尾山、丸山、加波山、燕山と続く。きのこ山付近は以前は赤松が多くあって、きのこの収穫が多くあったという。上の林道、足尾山付近からは八郷側と真壁側へ飛ぶハングライダーで賑わっている。

上曽付近の景観 1 1, Dec.  2007
上曽付近の景観 2     1, Dec.  2007
上曽付近の景観 道標     1, Dec.  2007
上曽付近の景観 石碑     1, Dec.  2007
上曽付近の景観 馬頭尊     1, Dec.  2007
上曽付近の景観 霞ヶ浦源流     1, Dec.  2007
サラシナショウマの実
上曽付近の景観 山々     1, Dec.  2007
上曽付近の景観   きのこ山~足尾山    1, Dec.  2007
上曽付近の景観   きのこ山~足尾山、フライト    1, Dec.  2007
上曽付近の景観   きのこ山~足尾山 ハングライダー  1, Dec.  2007
上曽付近の景観   きのこ山~足尾山   7, Dec.  2007
上曽付近の景観   きのこ山~足尾山    7, Dec.  2007
足尾山頂上付近からの眺め

日本の里 八郷(やさと)茨城県石岡市


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2011年1月4日火曜日

日本の里八郷(やさと)上曽峠の歴史

上曽峠の自然と歴史 石岡市上曽

上曽峠は古い時代から重要な地方交通の要所として栄えていました。江戸や佐原方面への米他の荷物の行き来が多くありました。霞ヶ浦高浜港からは恋瀬川を伝って、柿岡の高友橋まで船便があって、そこには河岸があり、荷物は馬車に積み替えられました。一部の荷物は河岸から上曽峠を経て遠方へ運ばれたそうです。上曽の宿には旅館が何件もあり、馬止もあったそうです。付近には馬頭観音の大きな石が残されています。
上曽の山中には 猿壁城跡があり、小田氏の鎌倉時代に子が上曽に入り上曽氏を名乗り栄えました。
上曽峠には足尾山の鳥居があり、大きい道しるべ石には江戸時代の文字が刻まれています。上曽の宿には当時が偲ばれる貴重な建物を歩きながら目にすることができます。


上曽の宿通り 1 
 上曽の宿通り 2
 上曽の宿通り 3
 元旅篭 えびすや
 元旅篭 えびすや 2 
 上曽の宿横通り
上曽の宿の元旅篭 1
上曽の宿の元旅篭  
 足尾神社鳥居
足尾山 
 上曽から足尾山方面
 一言稲荷神社
上曽峠には多くの霞ヶ浦源流がある



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