日本の里やさと(八郷)・石岡市

日本の里100選に選ばれた八郷(やさと)

こんにちは mizukusa kasumigaura です。
やさとの里山、自然、歴史はすばらしいものが多くあります。生活の近代化に慣れた私達には、心になにか物足りなさを感じませんか。むかしからのふるさとの自然を筑波山や加波山の周辺のなかで、心に沁みる多くを感じることができました。山と源流とさとのある風景。最近の写真と以前の写真とを公開します。by mizukusa kasumigaura
Yasato was selected as one of Japan's best 100 villages.

  

2011年3月3日木曜日

朝日里山学校 石岡市柴内(八郷)



◆山間の木造校舎 朝日里山学校・八郷朝日峠付近)
 平成16年に廃校になった朝日小学校の木造校舎(昭和30年建設)を活用して、石岡市八郷地区の美しい自然景観のなかで自然体験や農業体験、そば打ち体験、林業体験、工芸、果樹体験や付近の歴史・神社仏閣探訪、などを目的に施設は開設されました。近くには筑波山、朝日峠(フルーツライン)朝日トンネル(2013年3月開通予定)、茨城県フラワーパーク、菖蒲沢薬師堂(薬師古道)、北向観音堂、辻イチゴ団地、小幡果樹団地、やさと温泉ゆりの郷、国民宿舎「つくばね」、峰寺山西光院などがあります。
校舎入口付近には幹回り1.6mの藤棚があり開花の季節は見事です
里山学校は気軽に参加できる企画イベントのほか、小人数の団体でも企画を相談して申し込めるようです。詳しくは下記ホームページか、直接お問い合わせください。(朝日峠、土浦方面から八郷に入ると最初の交差点、辻イチゴ団地のある辻交差点からすぐ近くです。)
朝日里山学校 朝日里山学校公式ホームページ

 
 朝日里山学校
朝日里山学校の藤 
 朝日里山学校の藤  
 朝日里山学校 2
 朝日里山学校 3 
 朝日里山学校 4
朝日里山学校の庭
 朝日里山学校 5
 学校付近の景観
 朝日里山学校付近の景観
朝日里山学校の藤 3 
 朝日里山学校 6
朝日里山学校の藤 開花前
 朝日里山学校付近の景観 2 
  朝日里山学校付近の景観 3
  朝日里山学校付近の景観 4
 朝日里山学校付近の景観 5 
 朝日里山学校付近の景観 6




より大きな地図で 日本の里やさと(八郷)・石岡市・Yasato を表示

2011年2月24日木曜日

瓦塚遺跡 石岡市部原(へばら)

常陸国分寺の瓦を焼いた窯跡
瓦塚遺跡は天平年間に常陸国府(石岡市)に常陸国分寺や常陸尼寺が建立されたとき、その屋根瓦を焼いた窯跡の遺跡です。昭和43年に発見され調査の結果、窯の造りは粘土質の地盤をくりぬいてつくられた「地下式有段登り窯」でその時、布目瓦などの多くの古代瓦が発見されました。現在は24基の窯跡が確認されました。窯跡の保存状態も良く古代窯跡として、貴重な遺跡です。ここで製造された大量の瓦は近くの瓦会街道を通って、常陸国府にある国分寺や尼寺に運ばれました。瓦会街道の所々では以前、布目瓦のかけらがかなり見られたそうです。【案内板他】
現在(2011/02)また発掘調査中です。
瓦塚遺跡入口  17/Feb./2011 
瓦塚遺跡案内板   17/Feb./2011  
瓦塚遺跡窯跡   17/Feb./2011
調査中の瓦塚遺跡   17/Feb./2011
瓦塚遺跡と自然   17/Feb./2011
瓦塚遺跡   17/Feb./2011
瓦塚遺跡にて  17/Feb./2011 
住居跡  17/Feb./2011 
 瓦塚遺跡の布目瓦破片   17/Feb./2011
 瓦塚遺跡 窯跡  17/Feb./2011
 瓦塚遺跡   17/Feb./2011
瓦塚遺跡 多くの瓦
 広葉樹林の中 17/Feb./2011
瓦塚遺跡付近 石岡市瓦会   17/Feb./2011
 瓦会街道 山崎南(石岡市)16/Feb./2011
 道標の二十三夜尊  16/Feb./2011
道標の部分  16/Feb./2011


(碑)
二十三夜供養塔 天保十四年歳
○月摩訶吉祥  僐男女  (善男女か)
(道標)
西  かハらや           瓦谷村    現、石岡市瓦会。 瓦谷、宇都宮街道。
   うつのみや         宇都宮
北  やまざき           山崎            石岡市山崎。
   あたご             愛宕            愛宕山。
   烏瓜村             烏瓜村          石岡市嘉良寿理。
東  ふちう             府中            石岡市内
   かしまみち         鹿島みち        鹿島街道方面。
南  かたの             片野            石岡市片野(小桜地区。)
   きよたき           清滝            土浦市小野、(新治地区)清滝観音。
    
府中(石岡市)からは筑波山方面へはかわらい街道、宇都宮街道があった。
かわらい街道は古代常陸国分寺の瓦を運ぶのに使われた。

このページにまちがいがありましたらご指導ください。     

2011年2月14日月曜日

八郷の歴史 小泊瀬山と小初瀬川(足尾山と恋瀬川?)

中心付近は足尾山


◆恋瀬川と小初瀬川、高友川・葦穂山と足尾山、小泊瀬山・常陸國風土記と万葉集


❤ロマンにあふれる盆地
恋瀬川のこの付近は高友川と呼ばれていた時代もありました。また、いにしえは小初瀬川と云われていたという文書も存在するようです。弘安3年(1280)8月8日平某の花押とあり(八郷町誌)当時、筑波山と八郷盆地を小さい奈良盆地と見立てると、奈良の初瀬川や丸山古墳、八郷の足尾神社などのつながりや延喜式社の解明できると面白いとおもいます。
◆小初瀬川記載の長歌
雙び峰、陰陽神の崇りぬる、男女川の水清く陽成院の御製とに、高し御山の津々志とや、当国にその名も高き山ぞかし、夷針峠へ打ち続き、田籠の郡の桜花常盤樹しげる丸山は御万喜帝の日本皇子、豊城入彦の御墓をば左へ越して百目鬼の、丸木の橋や小初瀬川、夫婦の松屋片果てて、名残を拝し郷月の絶え間の雄の鹿の若葉を己けて、茨城の国の名こそ志られけん。弘安3年(1280)8月8日平氏某(花押)  
ここでは「ならびみね」と読むのでしょうか、万葉集巻の九、検税使大伴卿の歌に 衣手常陸の國 二竝ぶ筑波の山を・・・・・とあります。
百目鬼橋(ざわめきばし)。丸山古墳の下を流れる恋瀬川の橋百目鬼橋は今も健在です。
豊城入彦の墳墓気になりますね。
ページリンク2佐志能神社 石岡市柿岡高友
ページリンク1恋瀬川と高友橋 石岡市柿岡高友
ページリンク3丸山古墳 茨城県指定文化財 史跡 石岡市柿岡

◆常陸国風土記と小泊瀬山
常陸国風土記新治郡の項に葦穂山があり、小泊瀬山(乎婆頭勢夜麻)の歌がある。葦穂山の歌は万葉集をはじめ、後の時代まで多く歌われている。今は足尾山と呼ばれている。私の好きな一首は新後拾遣の「小初瀬の花のさかりやみなの川峰よりおつる水の白波」です。雙び峰と筑波山はよばれ、多くの文人が筑波山を中心として樺(加波山)葦穂(足尾)を愛でたようです。当時、筑波山の男女川は想像的にもロマンが宿る川であった。雙び峰、筑波山と樺(加波山)葦穂(足尾)は常陸地方の景観の良い山として親しまれてきました。
常陸国誌によると「延期式神名帳に夷針神社有り」とあります。また、和名類聚抄・巻6(古活字本)に茨城郡の里名に夷針の文字があり、このこともあわせて詳しく検証できると良いと思います。後から発行された八郷町史には有る程度詳しく記述されています。
小初瀬山(小泊瀬山)と小泊瀬川と(小初瀬川)、日本の里八郷(やさと)は雙び峰の筑波山、樺(加波山)葦穂(足尾)につつまれたロマンにあふれる盆地です。恋瀬川も流れる場所(下流域)によって志筑川などと呼ばれていたようです。
 桜川へ流れる男女川は筑波山神社付近(つくば市)と、真壁の羽鳥付近(桜川市)の二ヶ所に有りますが歴史的に探ってみるとおもしろいと思います。
◆往古の夷針
明治22年大増村、大塚村、太田村、小見村、中戸村、が合併して恋瀬村になった。往古常陸國茨城郡に属し後、新治郡となった。
井白郷或いは館の荘に属した。(茨城県町村沿革誌・細谷益見)
また、夷針郷とも伝わっている。
◆往古の田籠郷
明治22年柿岡村、金指村、片野村が合併柿岡町になった。
往古常陸國茨城郡田籠郷に属し後、新治郡となった。
(茨城県町村沿革誌・細谷益見)
◆往古の大幡郷
小幡村(往古館ノ荘。明治22年小幡村他6ヶ村合併)小桜村(明治22年半田村他10ヶ村合併)
この他拝師郷、小見郷があった。




雙ならび峰の筑波山(奥、雪の峰) 13/Feb./2011 /Yasato


筑波山・足尾山付近林道から 28/Nov.2007
筑波山・足尾山付近林道から 28/Nov.2007
足尾山林道付近から八郷盆地
足尾神社
足尾神社案内板
足尾神社 神社の建物は現在ない
足尾山付近の広葉樹林
葦穂付近(麓)からの足尾山
葦穂付近(麓)からの足尾山 2
葦穂付近(麓)からの足尾山方面
足尾山~丸山間林道下の恋瀬川源流
葦穂(足尾山)下の恋瀬川源流
八郷盆地から足尾山方面(恋瀬川浦須橋付近から)
八郷を流れる恋瀬川










より大きな地図で 日本の里やさと(八郷)・石岡市・Yasato を表示